29 Dec年賀状って…

今年の年賀状、真ん中には二枚。私にはずっと付き合いのある幼なじみから一通。長女には担任から一枚が正月に届きました。

決まってバイクがとまる朝9時は、メール便だから(郵便やさんとは)きっと違うだろうと思ったのですが、乾いた空気の中、チビチビ進んでは、カタンとなるポストの反応があって、繰り返し数メートルを。うちは、路地に入りその奥だもの。更に突き当たり一番はじなので、バイクが近くにくるまで、じれったいのなんのって!

黒ジャンパーの郵便屋さん、ご苦労様です。

しかし、長女は年賀状に不満。超不満です。出した数を天秤にかけ、担任から一枚きりだから。

真ん中は、担任から「さえ」こないから。意味合いは多少違うのですが。
真ん中は友達から来ました。

長女は、うちから出してからじゃないと出さないから。なんていわれていたのだそうです。
私はそれを聞いて、すごく不愉快になりました。見下されていることが。
長女が年賀状に執着していたには、二重のいみ(執着)があったからだったのだと、打ちのめされました。
何だか、すごくショックを受けました。去年は、長女。うちが出したら(年賀状)出してやるよという雰囲気になりつつあるオーラが、彼女の同学年から感じていて、担任からしか来なかったんです。
7日。くれてやるよといった相手から、年賀状が来ました。
「これ、きてたよ」と気づいて渡す私は、すごくつらかった。
そのこの好きな初音ミクとかカラーペンで、気をむけていたんですもの。

お年玉番号があたったら、幸せ?
そういうもんじゃないし、無理矢理な関係を維持しようとする子どもと親の関係がつらいとか、あるせいで苦しむの違うと思う。
いっそ、なくしてしまえよと思ったのは三学期の始業式でした。
挨拶も友達つきあいも、ひとそれぞれよ。
誕生日おめでとうって言える関係でもいいじゃない。
自分と相手がいて、幸せな方を探しなよって感じました。

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